天文館アーケード街(鹿児島県鹿児島市)

とりどりみどりアーケードの宝石箱

鹿児島市内、天文館あたりのようす
鹿児島市内、天文館あたりのようす

レトロアーケードマニアを自称するなら、最低でも訪れなければならない場所がいくつかあります。そのうちのひとつが鹿児島市の中心繁華街「天文館」と言えるでしょう。南九州最大の商店街であり巨大なアーケード街となっている天文館アーケード街は、なんと総延長日本一! ……といいつつ、じつはこの「日本一」という表現、ちょっと怪しいものだったりします。実際「鹿児島県商店街振興組合連合会」のHPにはしっかり「日本一」と書かれているのですが、Wikipediaや他の資料などをあたってみると香川県丸亀市にある高松中央商店街こそが日本一という表記もあり、また「一直線のアーケード」ということなら長崎の「さるくシティ4〇3アーケード」が、また「全長が」というなら大阪の天神橋筋商店街こそが日本一という主張もあり、どれが本当に日本一なのかイマイチ判然としません。それを判定した年とか判定基準によって違いがあるようですが、その辺は深く突っ込むと色々アレですから笑って受け止めるとしましょう。どっちにしても天文館アーケード街も日本一を争うほど「すごい」ことには変わりありません。それならぜひ行かねば……というわけで南九州出張のついでに天文館商店街に寄ってきました。

天文館アーケードの中心地「天文館本通り」
天文館アーケードの中心地「天文館本通り」

この天文館という名前は鹿児島の中心繁華街エリアの総称で、そのあたりをまとめて天文館と呼んでいます。名前の由来はかつてこの地に天文観測所があったからだそうで、それも江戸時代だというからすごいじゃありませんか。薩摩藩首である島津重豪によって作られたそうで、江戸時代という文明開化よりはるか前から薩摩藩では最先端の天文学を研究していたのです。ちなみに薩摩藩は、なんと江戸時代からイギリスに留学生を送っていたほどのハイカラ藩。はるか江戸から遠く離れたこの南九州の地が、当時は時代の最先端だったなんて驚きませんか? その辺語ると長くなるのでやめますが、薩摩の国はすごいところなんです。(※その代わり琉球の名産品を略奪して、鹿児島名産として広めているのはどうかと思う。黒豚もさつま揚げも焼酎もぜんぶ沖縄からきたもの!)

天文館本通りアーケードにある天文館跡。当時は明時館と言われていたそう。

この天文館エリアにはたくさんの通りが縦横無尽に存在していて、通りごとに違う名前の商店街となっています。それらのほとんどにはアーケードがかかっていて、すべてがつながって天文館の巨大アーケードエリアをつくりだしているわけです。アーケードは雨風を防ぐだけでなく、目の前にある桜島の灰から商店街を守るという機能もあるそうで、それこそが鹿児島・天文館に巨大アーケード街が発達した理由かもしれません。

天文館本通りの床面にはこのような★が
天文館本通りの床面にはこのような星マークが

そして、各商店街ごとにアーケードのデザインが違っていて、それぞれの個性が出ているのが天文館の面白いところ。たとえば中心となる「天文館本通り」や「天文館G3」はシンプルモダンでそれほど装飾には凝っていません。アーケードが建て替えられて今のデザインになったのは2004(平成16)年ですから、アーケードとしてはまだまだ新しいとも言えますね。唯一、市電の走るいづろ通りの南側にある「天文館G3」も、似たような雰囲気です。

天文館本通りのアーケードはドーム型で装飾は少ない。天文館G3も似た雰囲気
天文館本通りのアーケードはドーム型で装飾は少ない。天文館G3も似た雰囲気
天文館G3商店街にある名物アイス「しろくま」で知られる天文館むじゃきさん
「はいから通り」はアーケードデザインは天文館本通りに似ているが、店舗前に下げられた旗で個性を出している
「はいから通り」はアーケードデザインは天文館本通りに似ているが、店舗前に掲げられた旗で個性を出している

老舗百貨店・山形屋に面した「中町ベルク通り」は天文館でもいちばん賑わっている場所です。「ベルク通り」なんていう名前を聞いて、どうせヨーロッパあたりのどっかの町からもらった名前だろうと勝手に想像していました。ところが、じつはこの「ベルク」という名前、大正時代に学生達がここに隣接する老舗百貨店・山形屋のことを「ベルク」という愛称で呼んでいたことに由来するのだそう。当時としては珍しい鉄筋コンクリートの建物がまるでベルク(ドイツ語で「山や丘」という意味)のように巨大で立派に見えたわけですね。そう考えると当時の様子が目に浮かびます。現在のアーケードは1996(平成8)年にリニューアルされたもので、ルネサンス風とでも言うのでしょうか?ヨーロッパの教会を思わせるようなちょっと豪華なつくり。これは山形屋さんのルネサンス風1号館に合わせたものだと推察されます。

ヨーロッパのルネサンス建築?を思わせるデザインの中町ベルク通り
ヨーロッパのルネサンス建築?を思わせるデザインの中町ベルク通り
中町ベルク通りは老舗百貨店・山形屋さんに隣接
中町ベルク通りは山形屋百貨店に隣接しゲートも立派
天文館のシンボルでもある老舗百貨店・山形屋さんのルネサンス風本館
天文館のシンボルでもある老舗百貨店・山形屋さんのルネサンス風1号館
顔ハメ看板があちこちにあるのも天文館のおもしろいところ
顔ハメ看板があちこちにあるのも天文館のおもしろいところ
市電が走る「いづろ通り」と「金生通り」は片側アーケード
市電が走る「いづろ通り」と「金生通り」は片側アーケード

地方のアーケード商店街というとさびれてシャッター通りと化したところが多いですが、天文館のアーケードはさすがにどこも手入れが行き届いています。店も今どきの店が多くレトロ感という意味では物足りないのですが、なんとなくレトロ感が残っているのが「納屋(なや)通り」。1615年に薩摩藩主からお墨付きを得た48の魚問屋がルーツだそうで、中央市場が開設された1935(昭和10)年までは公認の魚市場だったという歴史ある場所。アーケードができたのも1953(昭和28)年とこのあたりでいちばん古く(鹿児島初のアーケードだったそう)、今でも老舗がちらほら残っています。

天文館でもいちばん早くアーケードができた納屋通り
天文館でもいちばん早くアーケードができた納屋通り
今では貴重な存在となった町の玩具屋さんも納屋通りには健在!
今では貴重な存在となった町の玩具屋さんも納屋通りには健在!
昔は魚市場だった納屋通りだけに魚にまるわるレトロな店も
昔は魚市場だった納屋通りだけに魚にまるわるレトロな店も

ファッションやビューティーなど女性向けの店が多いのが中町コアモール。この通りと国道225号との交差点には日本初のジョイントアーケード(※後述)もあります。思わず入りたくなるレトロな甘味処やパーラーもありましたが、これも女性がターゲットということなんでしょうか。

中町コアモールは真ん中にぶら下がる照明がチャームポイント
中町コアモールは真ん中にぶら下がる照明がアクセント
1953(昭和28)年創業という老舗甘味処扇屋本店さん。ぢゃんぼ餅が気になりますね
約50年の歴史をもつ昭和レトロな珈琲&パーラーパリシェさん
約50年の歴史をもつ昭和レトロな珈琲&パーラーパリシェさん

「ぴらもーる」は正式名称を「天神おつきや商店街」といい、アーケードの天井がピラミッドのような形をしていることから名付けられたのだとか。アーケードの途中には商店街の守り神である仙石天神社があり、第二次大戦の鹿児島大空襲でも奇跡的に戦火をまぬがれたという霊験あらたかなスポット。道幅が広くアーケードの天井が他より高いのも特徴で、両側の建物は三階部分まで見えています。確認したわけではないのですが、おそらく祭りや商店街イベントが開催しやすいようにこの道幅と高さになっているのだと思います。大阪などでは「だんじり」が通れるようにアーケードを高くしているそうですので。

「ぴらもーる」(天神おつきや商店街)は他アーケードにくらべて天井が高く、建物の三階部分まで見える
「ぴらもーる」は他アーケードにくらべて天井が高く、建物の三階部分まで見える

「にぎわい通り」周辺は飲食店が多く、あの鹿児島ラーメンの有名店「こむらさき」の本店があります。ラーメン好きには素通りできない場所ですね。

にぎわい通りにある有名ラーメン店「こむらさき」
にぎわい通りにある有名ラーメン店「こむらさき」
にぎわい通りの途中には、ステンドグラス風装飾も
「にぎわい通り」の途中にはステンドグラス風装飾も

ところで天文館アーケード街の特徴のひとつが「ジョイントアーケード」なるものが存在することです。一般的なアーケード商店街が交通量の多い大きな道を横切る場合、いったんアーケードが途切れて道路を反対側に渡ってからまたアーケードが始まるというパターンが多くなっています。交通量の多い道路(とくに国道など)の上にはアーケード屋根が設置されていません。これは道路法の定めにより「道路が交差し、接続し、または屈曲する場所の地上には、占用物件を設けてはならない」という規定があるからで、多くのアーケード商店街にとって頭の痛いところでした。ところが天文館は構造改革特区の制度を利用し、特別に国道上にもアーケードを設けることに成功したのです。ただし「ドライバーの視界を妨げない」「交通安全に問題がない」など国や警察も厳しい基準で審査しますから通常の連続するアーケードでは無理だったようで、その部分だけ特別なデザインで後付けされています。これをジョイントアーケードと呼んでいて天文館には2カ所あります(2024年現在)。さらにもうひとつ天文館本通りが横切る天文館電停のところにも設置予定だそうですが、地元としてはこのジョイントアーケードを売りにして、集客の目玉にしたいようですね。

中町ベルク通りの山形屋前から市電の走る金生通りを渡るジョイントアーケード「kanafuアーケード」
中町ベルク通りの山形屋前から市電の走る金生通りを渡るジョイントアーケード「kanafuアーケード」

このように、色とりどりのアーケードがあり、県外者目線では客足もそこそこあるように見える天文館アーケード街ですが、じつは昔にくらべるとかなり客足が減っていて先行きが心配されています。そもそもかつてこの天文館エリアには百貨店が三つもあり、現在の何倍もの人でごったがえしていたといいます。しかし百貨店もいまや山形屋さんだけとなり、その山形屋さんも経営難から事業再生ADRによる経営再建中(2024年現在)。それよりも天文館にとって痛かったのが2004(平成16)年に九州新幹線が開通してお隣にある鹿児島中央駅(それまでは西鹿児島駅という名前だった)にショッピング駅ビル「アミュプラザ鹿児島」がオープンしたことでしょう。元々鹿児島の町の中心は鹿児島駅に近い天文館あたりだったのが、交通の中心地がお隣の鹿児島中央駅(旧西鹿児島駅)に移ってしまったわけです。

とはいえ、他の地方にある寂れたアーケード商店街とくらべれば、まだまだ元気いっぱいな天文館アーケード街。ただ個人的にはちょっと整いすぎてレトロさが足りません。そこで市電に乗って鹿児島中央駅のアーケードの様子を見に行ってみることにしました。(→中央駅一番街商店街いっど編へ続く)【2021年10月訪問】

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