八木橋百貨店(埼玉県熊谷市)

凜としてそびえ立つ老舗のプライド

弧を描くように丸みを帯びた建物にシースルーエレベーターが光る八木橋百貨店

いちばん好きな地方百貨店は?と聞かれたとき、いつも真っ先に思い浮かぶのが八木橋百貨店です。埼玉県北部、熊谷市にあるこの百貨店は創業1897(明治30)年という100歳をゆうに越える老舗。ちなみに現在の熊谷市というのは人口約19万人(※令和二年)で埼玉県で8~9位あたりを常にウロウロしている、冴えない地方都市のひとつでしかありません。そんなマイナーな片田舎にあるこの八木橋百貨店が好きな理由を言葉で説明するのはとても難しいのですが、簡単に言うと「いまだに凜とした雰囲気がしっかり感じられる」という点にあるような気がします。

今でこそ百貨店・デパートなどは時代遅れと言われ次々に廃業が相次いでいるのが現状ですが、かつては百貨店といえば人々のあこがれの場所で、贈り物は必ず地域の百貨店から送り、その百貨店デザインの包み紙がステイタスでもありました。そして百貨店自体も、長年地域の顔としてプライドを持って上質な営業をされていたと思います。

八木橋百貨店の敷地にあるモニュメント

ところが近年の地方百貨店・デパートの凋落・衰退はわざわざ言う必要もないと思いますが、それにつれて時代に取り残され、まるで死を待つ病人のような「残念な雰囲気」を漂わせている百貨店が少なくないのも事実です。しかし八木橋百貨店のすごいところは、今でもそんな残念な雰囲気がみじんも感じられず、相変わらず凜として地域の顔という役割を演じ続けているところ。その姿勢がなんとも「いい」のです。それも人が多い東京都内の百貨店ならともかく、こんな片田舎の地方都市です(※もちろん地元の人に言わせると「昔に比べると八木橋百貨店も寂しくなった」そうですが)。ちなみに熊谷を「片田舎」と失礼な呼び方をしていますが、じつは熊谷は江戸時代までは中山道の宿場町として江戸の板橋宿に次ぐ規模を誇っていただけでなく、明治時代には「熊谷県」(今の群馬県西部と埼玉北部を合わせた地域)の県庁所在地としても栄えていたため、人口も多く、裕福な方も多かったようです。

この八木橋百貨店の「凜とした」雰囲気は現在でも館内に一歩足を踏み入れると感じられます。過剰な豪華さはないものの、落ち着きと上質を感じられる館内インテリア。広めのエスカレーターに、各売り場の配置も窮屈ではなく一定のゆとりを感じられるもの。ときおり入る館内放送にも落ち着きがあり、館内のBGMもなんというジャンルの音楽かはよくワカラナイのですが(ボサノバ?)、うるさすぎず下品ではなく非常に上質な雰囲気が漂っています。そしてシースルーエレベーターで行く最上階には今でも3店舗のレストランがあり、しっかりと各店にはお子様メニューも用意。なんと入口にあるインフォメーションの女性の制服も季節ごとに色が替わっています。これらの百貨店・デパートならではの細やかな心遣いやセンスが、うれしくなってしまいます。(※どうせなら写真で紹介したいところですが、店内写真撮影は禁止されていますので文字のみで申し訳ありません)

また、八木橋百貨店の最大の特徴が、デパート内に「旧中山道」(中山道の旧道)が通っていること。ちょっと意味がわからない人もおられるかと思いますが、じつは八木橋百貨店が建っているあたりはかつて江戸と京を結ぶ重要な街道のひとつである中山道の宿場があった場所なのです。そして八木橋百貨店の元の店舗はこの旧中山道に沿うように建っていました。ところが1989年に新店舗へと拡張工事をするときに敷地内にある旧道が問題になり、苦肉の策として旧道の上に建物を建て、店舗内に旧中山道を残すような形にしたのだとか。おかげで八木橋百貨店の1階は、ちょうど旧中山道の両側に銘菓コーナーと化粧品コーナーがレイアウトされていて、まるで中山道を散歩しながらお菓子や化粧品を選べるという他に例を見ない不思議な空間となっています。

八木橋百貨店の敷地内にある旧中山道跡碑

また、熊谷といえば夏の酷暑を語るときに真っ先に紹介される町のひとつでもあり、ちょいちょいTVニュースや天気予報などでも映像で登場しますが、そんなときに必ずといっていいほど映る「あの」温度計は、じつは八木橋百貨店の正面東口に設置されているものなのです。

以前は「あついぞ熊谷!」だったが苦情が来て文言が変わったという大温度計(2024年夏撮影)

また、この八木橋百貨店は都内ほど人が多くないせいか、それとも広報担当者さんのウェルカムな姿勢のためか、TVドラマなどのロケにもしばしば使われています。有名なところでは『逃げるは恥だが役に立つ』や『おっさんずラブ・リターンズ』などでも登場したのだとか(私自身はドラマを見ていないので詳細は不明ですが)。

かつてあった屋上遊園地は今は落ち着いた休憩スペースに
ドラマ『逃げ恥』では、星野源さんがこのあたりのベンチに座ったとか座らなかったとか…

それより個人的にツボだったのは、ある夏の日にテレビ各社は例によって八木橋百貨店前にある大温度計をニュースで流していたわけですが、そこにアルフィーの坂崎幸之助さんが歩いているところが映り込んでいたことでネット界隈が騒然となりました。じつはアルフィー坂崎さんは和ガラスのコレクターとして知られていて、このときは八木橋百貨店とのコラボ企画展で八木橋を訪れていたというわけです。

八木橋百貨店の西側には旧中山道の雰囲気が感じられる古い商店街もある

そんなわけで、凜とした館内の雰囲気もステキですが、色々話題を振りまいてくれるのもまた八木橋百貨店。もちろん八木橋百貨店とて、内情は安泰ではないことは容易に想像できます。バタバタと百貨店がつぶれている昨今、きっと経営陣は先行きに大きな危機感を感じながら試行錯誤されていることでしょう。しかしそんな様子をいっさい見せずに老舗のプライドを持って凜として営業されているその「すごさ」は、他の百貨店ではなかなか感じることができません。熊谷はよく通る町なので、これからもできる限り立ち寄って応援してあげたいと思うのでした。

西側にある旧中山道の一番街商店街側から八木橋百貨店をのぞむ(2024年撮影)
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