井上百貨店(長野県松本市)

消えゆく信州の老舗百貨店

松本駅前の様子。信州第二の都市・松本は「楽都、岳都、学都」の三ガクトだそうです

全国の地方百貨店が次々に姿を消していますが、信州も例外ではありません。長野第二の都市で、城下町として知られる松本の顔とも言える老舗「井上百貨店」も2025年春に松本駅前の本店の閉鎖が決まったことを知り、ちょうど松本方面に用事があったので寄ってきました。

現在の井上百貨店。かつては右側にあるビルとブリッジでつながっていたため、その跡が右壁面に見える。

井上百貨店は1885年に「井上呉服店」として創業したのがはじまりで(※ちなみに正式名称は「株式会社井上」で名前に「百貨店」はついていません)、当時はもう少し北側の松本市大手2丁目(※かつて「六九商店街」と呼ばれ現在は「六九通り」と呼ばれる松本城に近いあたり)にあったそう。その後順調に業績と規模を拡大し、昭和31年には県内初のエスカレーターを設置するなど、押しも押されぬ松本の顔・文化の中心地としての役目を負ってきました。松本駅に近い今の場所に移転したのは1979年で、同時に隣にある新館(現在駅側隣にあるMARUZENやダイソーが入っているビル)もオープンして本館と新館がブリッジでつながっていました。その後新館からは撤退してブリッジも撤去され、今に至っています。

1階は高級海外ハイブランドこそありませんが、一般的な百貨店と同様に、女性向け化粧品・ブランド品がラインナップされています。正面入口すぐ左にある「ラ・カスタ」という化粧品は松本からほど近いあづみ野を拠点する国産のナチュラル化粧品ブランドだそうで、この辺はさすが地元を大切にしている感がありますね。エスカレーターはしっかり広めでライトブラウンの落ち着いた手すり。エスカレーター上部の天井も同色を採用するなど、なかなかしっかりした作りです。地下食品街は、スペースこそ広くないもののギュッと詰まった感じ。ちなみにこの地下に入っている「本間川魚店(うなぎの本間)」は地元の名店で、カリッと香ばしい関西風蒲焼き(鰻重)が楽しめる穴場なのです。

エレベーターはごく普通で、残念だったのはレストランや屋上遊園地がなかったこと。かつてはあったそうですが、その辺は時代の流れや消防法の改定で仕方ないところでしょうか。また5Fがまるまる閉鎖されていて(事務所として使用)、一部「お客様休憩スペース」という名のテーブルと椅子が寂しく置かれていたのも少々残念なところ。

しかしながら全体的に閉業間近の百貨店に見られるような残念な雰囲気(空き店舗が妙に目立っていたり、無理のある店舗レイアウトになっていたり)はなく、まだまだ地域の顔として営業を続けられそうな雰囲気は十分残っています。実際、地元でも井上百貨店本店撤退というニュースには驚いた人も多かったようです。井上百貨店と言えば包装紙にはとくにこだわっていて、最近のバージョンは週刊新潮の表絵紙で知られる画家・成瀬政博氏にデザインしていただいたそうで、それが見られなくなって

ちなみに発表があった駅前本店の撤退の理由は「建物の老朽化」で、深読みすれば「改修または建替するほどの予算は出せない」のでしょう。決して深刻な経営不振というわけではありません。建物さえ老朽化さえしていなければまだまだ営業できそうなのに、と残念でなりません。ちなみに似たような境遇の百貨店として甲府の岡島百貨店がありましたが、あちらは跡地を高層マンションにするそうで(百貨店として営業を続けるかどうかは未定)すが、こちらは果たしてどうなるのでしょうか? 

ちなみに井上百貨店は、こちらの松本駅前の本店のほかに、松本市郊外の山形村にアイシティ21という今どきの郊外型ショッピングモールも運営しており、そちらの方は順調らしいので、一部店舗や従業員さんなどはそちらに移る予定だとか。昔ながらの中心市街地だけにこだわらず郊外型も模索していた点はさすが老舗というべきなのでしょうか。

とはいえ松本は市街中心部のもうひとつの顔でもあった松本パルコも2025年2月に営業終了するそうで、松本駅周辺は2025年春に大きなショッピング施設を同時に二つも失い、大型ショッピング施設が中心部にない状況になってしまいます。しかし、松本城あたりには昔ながらのレトロな小規模店が並んだエリアが再整備されて人気を集めているので、松本中心部は昔の姿に先祖返りするのが正解なのかもしれません。中心市街地は小規模店で、大型ショッピングモールは郊外でという大きな流れのひとつなのかもしれませんね。

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